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かずさは女の子でした。
たまにそんな性別を忘れさせるほど『カクカク』しまくったり ダンナ殿に襲い掛かるような気の強い子でしたし、 本名は『上総介信長』なんて言う名前なんですが れっきとした女の子。 なので『タラコ』、 正式名称『ウサギのタマタマ』(笑)は持ってませんでしたので 初めてウサギを飼った私には馴染み薄く、 また他の子の画像でチラっと拝見する事はあっても 生タラコを見た事は皆無に等しいと言っても過言ではございません。 ニャンワンのお玉さんは多少は知ってますし、 息子も『見て〜♪ムササビ〜♪』と言って広げて見せてきたり(^^;) 毎日坊ちゃんのオムツかえでコンニチハしてますから 人間のもなんとなくわかります。 本当、ウサギのタラコさんだけはペットセンターとか行っても 居るのは大概まだ成長しきらぬお子ちゃまなので見え辛く、 触れ合い牧場なんかでもいるのは殆ど女の子(男の子同士は喧嘩したりするらしいので)。 イメージとして、『体にくっついてるピンクの物体』としか 思ってなかったんですよね。恥ずかしながら。 で、昨日。 ダンナ殿に連れられて、ペットセンター併設のホームセンターに行ったんです。 正直、ブログのウサ友さんのウサちゃん達を見て 『今日も元気だ♪相変わらずかわいいの〜♪』なんてはやってますが まだ生身のウサギには会える心境でもなく、 かずさの影ばっか追いかけて、坊ちゃんが寝たり一人の時間になると かずさのケージを眺めて2〜3時間は平気で潰しちゃうような状況で、 こないだダンナ殿が忘れ物を取りにふと家に帰ったら 真っ暗い部屋で眠る坊ちゃんの傍ら、 涙を流しながらついてないTV見つめて薄ら笑いを浮かべる私がいたそうで (私自身は無意識(^^;)) こりゃ末期だわ・・・。と、 無理強いはさせないし、まだ新しい子を迎えられる状況ではないけれど でも動物好きの私がペットセンターで動物を見れば少し元気になるかな?と言うのと いつまでもかずさの事ばっか考えてないで 色んな他の子も見ろよと言う荒療治で連れてったらしいのですが、 まぁ、まんまとその作戦に引っ掛かりましてね? 辛いし見れないとかブツブツ言いながら周りウロウロしてまして、 最後には小動物コーナーとして仕切られてる所にまんまと入った私なんですが、 幸か不幸か中には陸ガメを見てる家族連れの方たちと、 鳥に話しかけまくってる御年配の婦人方とで、 一番奥のウサギさん達の所に行けなかったんです。 で、ハムちゃんや鳥、爬虫類達を坊ちゃんと見てたんですが、 そこでチラっと、ウサギの種類と値段の書かれた札が見えたんです。 そこには『ネザーランドドワーフ ♂ 1500円』なんて書いてまして。 ネザーで1500円ってあんたちょっと・・・?と驚きまして 御年配の婦人の後ろを「スイマセンスイマセン」と無理くり通り抜けて そのネザーちゃんのところに行ったんです。 耳は確かにネザーちゃん。大きさもそうかもしれない。 でも、顔はどっちかと言うとミニウサギ系の、 ネザーちゃんの丸っこい顔じゃなかったんです。 かずさほどではないにしろ、ちょっと面長目の子で、 『詐称してるからこの値段か・・・?』とも思ったんですが それにしても安すぎ。 雑種と言われるミニウサギだって4000円はします(かずさはそうでした) が、その隣のケージにいた二匹は、 『ネザーランドドワーフ×ライオンラビット 1000円!!』 一匹はライオンちゃんの毛並みに顔で、 もう一匹はネザーちゃんにちょっとライオンの毛並みが入ってる感じ。 でも1000円って・・・。 で、よ〜く見てるとよくペットセンターでは子ウサギを売ってますが 大人なんですよね、顔も体の雰囲気も。 ・・・売れ残っちゃったんだ・・・。と悲しくなったんですが なんだかネザーちゃんと書かれてる方の子の面長っぷりや 目の前にこんな怪しい私がいるのに、長くなって寝てるだけでなく 『ゴロン(柔道の受身のように豪快に寝る事。よっぽどリラックスしてないとしない)』してきまして もうかずさの幻影みまくり探しまくりで 小一時間ほど眺めてました(笑) かずさの影を見てるうちは、新しい子はお迎えできません。 その子はその子、かずさはかずさで別のウサギなんですから。 かずさと比べたり、面影探してばかりでは その子をただ一匹として受け止めることは、私にはできそうにもなく、 面影を探す事がいいか悪いかは、個人個人の考えでしょうが、 私はかずさもその子もそれではたまったもんじゃないだろうと言う考えなので 本当にただ眺めてニマニマかずさの事をその子に見てたんですが ふと、そのネザーちゃんが立ち上がって、 ピョコンピョコンと餌の方に跳ねてったんです。 そしたらそのとき、後ろ足の間から ブラ〜ンダラ〜ンとしたものが! え??? なんですか???今のピンクのブラブラは? と正直本気でびっくりしました。 え〜と、腫れてるようなデカサでもなく綺麗なピンクで色艶なんだけど なんでここまで垂れ下がってるの??!! 体にくっついてるもんじゃんくて、 本気でぶら下がってるもんなのか? 色と形はタラコでも、本当の姿は『さくらんぼ』じゃね〜か! とマジビビリしまして(^^;) 記憶の中にあるウサ友さんのタラコさんを思い出しても どうしてもそんなサクランボは思い浮かばず、 『もしかしてこの子、なんかの病気・・・?』と頭をよぎり 居てもたってもいられなくなりました。 が、店員は親子連れの亀を見てる方に付きっ切りだし 飼う気もないのにアレコレ聞くのも失礼かと思い、 万が一本当に病気で、それでこの子が売れないからと殺処分になったり、 ましてやその病気込みで、この破格の値段になってるのかとか どんどん考えが混乱してきまして、 急遽男の子のウサ友さんに 「お宅のお子様のタラコはどんなんですか? ブラブラしてます?」と それだけしか入れない、受け取った方も困っただろう かなり怪しいメールを打ちまして(笑)、 返信を待ったのです。 私の取り越し苦労と物知らずの思い込みならいいんですが 万が一病気でタラコさんの皮が伸びきっちゃってるんだったら、 命に別状はなさそうだけど治療はしていかなきゃないよな? かずさを飼ってからわかったけど、こういうペットセンターって 規模は大きくても、結構動物の扱いがいい加減で適当で、 もし何も知らない初めてウサギを飼う人達の所にこの子が行ってしまって そこで病気だなんだと一悶着になったら 一番かわいそうなのはこの子で・・・とか 大騒ぎにならなくとも、誰にも気付かれず助けられた命を 散らしてしまう事になっちゃったり・・・とか 折角ミミズの涙ほどでもウサギの知識があって、 信頼できる獣医も近くにいるこの身のくせに そんな子を放っておいて見過ごすのが果たしていいことなのかな?とか どんどん考えはエスカレートしまして、 しまいには 『宿命は、いつ何処にどんな状況でを選べない状態。 つまり私が29年前に宮城の片田舎に人間の女として根暗の不器量に生まれてきたことは 誰にも選ぶ事も決めることもできないものだけど、 運命ってのはある程度自分で選べる物。 結果はどうあれ少なくとも、選択する余地もあるし、自分で選んでいくものだから、 この子との出会いも、運命として自分が受け入れれば運命なんだよな。 かずさだって一目惚れしたとしても、 あの時買いに戻らなければそこで切れてた縁。 今ここでこの子にあって、一緒に闘病していくのも 運命なのかもな〜』とかまで考えがとまらなくなってしまいましてね(^^;) 『よし、ウサ友さんの返事次第で、病気か、 それとも病気じゃなくても先天的タラコ異常の子なら、ウチに連れて行こう。 そういう子を引き取ったとなれば、かずさも許してくれるし 私もかずさの面影にしがみ付かずに異常も何もその子の個性として 受け取れるだろう。』とかなんか偉そうな事まで思ってしまって(^^;) そんなご大層な人間なんかじゃないくせに、 なんだか聖人になった心境でおりました(笑) ハイ、のり易いんです、私(^^;) が、それをダンナ殿に伝えましたらこっぴどく叱られました。 『オレは病気とわかってて飼うのは反対だ。 だって、それで万が一また死んだとしたら、お前絶対落ち込むだろう? 助けられなかったとか言って泣いてさ。 死ななくても、病気が可愛そうだ、辛そうだって泣くだろう? それでまたどんよりして泣きはらすお前なんか見たくないね。 飼うなら、元気で健康でかずさよりも長生きさせて、 お前が笑ってる方がいい。 じゃなきゃ意味がない!』 正論です。 病気のこを引き受けるとしたら、本当に並大抵の覚悟では無理です。 治療費も、治療自体も、その子との暮らし自体も、自分とその子の気持ちも・・・。 簡単に決めていいことではないのです。 簡単に引き受けてもいけないことなのです。 一時の感情で、かわいそうだというだけの感情で、 ましてや我が家は子供が三人。 愛兎を亡くしたばかり・・・。 でも!でも・・・。見過ごす事もできなくて。 が、タイミングよくと言うか悪くというか、丁度閉店の時刻になりまして。 今日すぐこの子を連れ帰ると言う選択は消えてしまったので、 とりあえず、ウサ友さんの返事を待とうと。 それから、自分に何処までの覚悟と踏み出す気持ちがあるかじっくり考えて、 その上でダンナ殿も納得できる、自分も後悔しない運命を選ぼうと思ったのです。 結果はと申しますと、今回は縁がございませんでした。 その後、ウサ友さんから返信をいただき、 こんな突拍子もない質問に丁寧に答えてくださって とあるお方には事細かに例え話も交えて(わかりやすかったです! ちょっと過激な怪しい路線にドンドコ走ってすみませんでした(笑))説明していただき、 とりあえずそのネザーの子は『タラコの立派な子』であり、 爬虫類もいる暖かめな部屋なのでちょっと伸びきってぶら下がったんだろうと 結果が出まして、 まぁ、早い話が私の勘違いと、 また要らぬ取り越し苦労の考えすぎと言う なんだかかんだかな話でございました(^^;) そんな訳で、売れ残りの子ではありますが 病気でないのならば、きっといつか私なんかよりももっと素敵な家族が見つかるかもしれない。 今の我が家の私の状況で普通の子を迎えるならば 絶対かずさを追いかけてしまうし。 その子の幸せを願いつつ、かずさの時のように シューマッハを越える運転をして迎えに行くこともなく、 またひっそりウサギを思いつつ暮らしていこうと思ったのです。 ・・・しっかし、本当要らぬ余計な事を考える頭を持ってしまったな、自分。 そして、やっぱりもう少しウサギと言う物を理解しないと(^^;) タラコの事で、ここまで大騒ぎできる私って・・・。 と、ちょっと自戒と自粛を込めての本日の記事でした。 |
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なんだか書きたい事は沢山あっても
うまく言葉にできないでいます。 あれからもう二週間ですね。 ちょっと前までは一日が長く、一週間や一ヶ月といった まとまった日にちは早く感じたのに 今は一日が早く、まとまった単位の日にちが長く感じられています。 そして、日常の生活と日々の生活と言う優しさと残酷さに かずさが段々『思い出』になりかけています。 いままではかずさがいるのが当たり前で当然の事だったのに 「あ、かずさのバナナ供えよう」とか 「今頃お月様でアンコ食ってるよな〜。私の手作りのとどっちが美味い?」とか ふと考えているのがその証拠のような気がします。 今までは考える余地も無いくらい『居る事が普通』でしたから。 かずさは私の娘であり、親友であり、恋人であり、母であり、 人間付き合いが下手な私にとって誰よりも傍にいた、 本音と建前を使わずに、素直に受け止めて向き合ってくれた大切な片割れなんですよね。 何度か経験してきた別れも今までは 『命あるもの、いつかは終わりがくるものだ』と、 物凄く悲しい事だけれど どこか諦めと言うか、 ドライに割り切って泣くだけ泣いたら前に進もうと どこか冷めたところのある人間だった私が、 なんだかとても今大きな喪失感だけは拭えずにいます。 『ペットロス』 言葉にするとなんだか簡単なことのように感じてしまうのですが ただ一言だけじゃ語れない、これがペットロスだ! と言えない大きなものを含んでいると思うのです。 人間はどうしても本音と建前を使い分ける生き物ですし 誰であれ『生身のそのままの自分すべて』を受け止めることは 伴侶や家族、もしかしたら自分自身にさえもできない事かもしれません。 でも、半分妄想に希望が含まれていたとしても ペット達はそれをしてくれる。 どんな自分でも『飼い主』として家族として、それぞれの愛情方法で応えてくれる。 受け止めてくれる存在なのではないかと思うのです。 だからこそいなくなって心のそこから悲しいし、 そしてそれだけの沢山の愛情をくれたのに その気持ちに応え切れなかったような気になって もっとああしてあげればよかった、こうしてればよかった、と 後悔や悔恨や、自分を責める気持ちがどんどん膨らんで ますます喪失感に、いなくなった悲しみにはまり込んでしまうのだと思うのです。 大切な家族。誰よりも心に寄り添ってくれる存在。 それがいなくなる辛さ、苦しさ、淋しさ、悲しみ・・・。 どれだけ深いか、想像にかたくありません。 けれど、だからこそ泣きたい時は思いっきり泣いたらいい。 辛い、苦しい、淋しい、悲しいと思いっきり喚けばいい。 話せる相手がいれば、わかってくれるひとがいれば 少し甘えさせてもらって言える事を言いたいことを聞いてもらえばいい。 そして、無理に『過去』にする事も、『思い出』にする必要もない。 確かにいたのだから。一緒に過ごしたのだから。 そして、いつか。 いつか、ゆっくり顔をあげて『幸せだった。出会えて本当によかった』と 前を向いて歩き出せればいい。 心の中に生きているその子と一緒に。 きっと、それまで待っててくれる。 そこまで、優しい伴侶。 それがいわゆる『ペット』と言われている生き物達なんじゃないかなと思います。 そんな事を、ふと思った今日の私でした。 かずさと出会って、沢山の事を学びました。 かずさと私自身に関してはまだ言えないけれど 現在のペットの問題、捨てられている命、毛皮の事、食肉について等など、 今まで知らずに何気なく生活していた、 いや、薄っすら感づいていながら見ないようにしてきたことも 考えないようにしてきた事も かずさと生活するようになって、ブログを始めてから知った事が沢山あります。 私如きの半端な知識やまとまってない言葉で語る事は到底できる事ではないし、 また中途半端に語る事や、闇雲な感情論や知識で半端な正義感を振りかざすのは その動物たちに対してかえって失礼だと思うので ここでは自分の気持ちだけ陳べさせていただきますが 『失わなくていい命は奪わない』 という事を胸にいつも持って生きていきたいと思います。 生きていく為には、沢山の命を頂かなくてはいけません。 動物の命も、植物の命も、 沢山の恩恵を受け、今こうして生きていられるのです。 それを、声を大にして伝えれるだけの知識も勇気もない私ですが まずは自分から。 そして家族や友人と、最初は小さい一歩でも 少しずつ、伝えていけれるような自分になっていけたらと思います。 これも、かずさが教えてくれた事、 かずさが残してくれた物だと思うのです。 なんだか訳のわからない独り言になってしまいました(^^;) 言葉に、文字にするという事は自分の気持ちを伝えるだけじゃなく 自分自身の気持ちの整理と考えをまとめる行為だと思うのです。 ノートの端っこでやっとけとか思ったのですが なんとなく、ここに書きたくなった私をお許しください。 |






















